ノマド探求

海外移住準備記

不安に苛まれ始める。

昨年の九月末に仕事を辞めてから三ヶ月が経った。年を明けてから、将来への不安にジワジワと苛まれるようになった。この不安は潮の満ち引きのように一日に何度か襲ってくる。無職の時に割とよくある精神状態だ。気が滅入るが悲嘆に暮れることはない。この辺は若い頃から経験値を積んでいるので、無職レベルが普通の人と違うことが幸いしている。

昨年の十一月末までLPIC101の勉強をしていた時は、不安を抑え込むことはできていた。十二月に入ったら入ったで年末ということもあり、年が明けたら頑張ると自分に言い聞かせ、それなりに楽しい正月を過ごすことができた。そして年が明け、正月気分も抜け始めた先週あたりから、不安と焦燥感で何をしても集中力が続かない状態になっている。

また派遣で働き始めたとして、派遣で働けなくなった後はアルバイトで食いつなぎ、アルバイトもできなくなったらホームレスになるんだろうなぁ、という将来に対する不安。今何かをしなければいけないけど何をすればいいのか分からない、という現在に対する焦燥感。結局のところ、将来は安泰だと確信が持てず、また収入もないから、こういう精神状態になるのだ。何か妙案を思いついても、すぐにまた別のことを思いつき翻意する。これが無限に繰り返されていく。例えば、LPIC102に合格しLPICレベル1を取得してから仕事を探し始めようと考え、LPICの勉強を始める。そうすると猛烈に派遣の求人情報が気になり始める。LPICの勉強を中断し、派遣の求人サイトで求人を探し始めると、今度は小説書き上げてから仕事を始めないと、一生派遣で終わってしまうぞという不安に駆られる。そして小説の構想を練り始めると、今度は求職に備えてLPICの勉強をしなければと思い始める。そんな感じで、何かに手を付けると、すぐまた別の何かに手を付け始めるという具合で、すべてが中途半端なまま一日が終わる。

人によってこういう精神状態に陥った時の対応は違うと思うけど、私の事例を参考として残しておく。それは、気が済むまで全部をやってみるというものだ。やろうと思ったことをすべて同時進行で一遍に進める。それから、円滑に進んでいくことがあれば、とりあえずそれを優先して進める。ただ、他のことが気になるようであれば、それに切り替える。そうこうしていくうちに、当面やることは一つか二つに絞られるだろう。不安は何か行動していると退潮するので、取り扱いやすい。焦燥感の方が厄介で、我慢したり無視したりするとそれだけ増大してしまう。そのため自分が納得できるまで手は止めないようにしている。例えば何か思いついたことがあれば、取りあえずそれについて調べて段取りをしてみる。実現する見込みとそれにかかる時間がある程度分かった時点で、やるべき候補として選別することができるのだ。これを繰り返すと思いつくこともなくなり今やるべき予定が立つので、後は行動に移すだけとなる。

残念なことに、これで上手くいくかというと大抵のことは上手くいかない。こういう精神状態の時に思いつくことは現実逃避が目的なので、大抵は実現する可能性が恐ろしく低い。鳥が上昇気流に乗っても大気圏を超えることができないように、考えることが誇大妄想の域に近づいても現実を突破することはできない。そして、我に返った後に焦って軽率な行動を取るのがいつものパターンだ。

売れる企画を考える。

小説の構想を練っている。副業にするため、お金を稼ぐ手段として小説を書くのだ。どのような小説を書き、どう売るかを正月に考えていた。ちなみに未だに正月休みは続いていて、それが終わる目処は立っていない。

小説を元にクロスメディアに乗せたいので、最初からその狙いで小説を書く。小説を一つの媒体として、アニメ、ゲーム、フィギュアなどのクロスメディアとして展開できる企画を作るのだ。ガンダムのビジネスモデルが理想と考えているが、戦略として見習いつつも戦術は時代と規模に合わせたい。ガンダム以降に生まれたの数々のロボットアニメが、未だにガンダムブランドを超えることができない要因も考える必要がある。

とはいえ、元々初代ガンダムのアニメはプラモデルの宣伝のために作られていた。再放送しか観ていないけど、当時はクロスメディアの発想はなく、おもちゃ会社がお金を出してアニメを作るのは、自分たちの玩具を売るためだった。アニメの合間に流れるCMもプラモデルのCMだったぐらいだし。おもちゃ会社がスポンサーのアニメは商品開発の意向が如実に設定に反映されていた。ガンダム以降のロボットアニメにおいても、前半部と後半部で主役メカが交代するのは、販売のてこ入れのためだ。

初代ガンダムは映画にもなったが、どの程度の採算を期待したのか分からない。テレビで放映したアニメのダイジェスト版なので副産物程度の感覚だと思う。この時代には最終話は有料で観てねというえげつさはまだない。家庭用ビデオデッキとレンタルビデオが普及する前は、アニメは無料で観るものだったのだ。この時代でも小説を原作としてアニメや実写が作られることはあったが、最初からクロスメディアで展開することを想定した企画はなかったと思う。ビデオデッキが普及した後のOVAは、最初からアニメを商品として流通させることを目的としていたいが、今度は比重がアニメに偏ってしまった。小説もゲームもアニメが売れたので作った副産物の域を超えていない。そこまで展開するだけの予算がなかったのかもしれない。

メディアと制作環境の発達で、小説と漫画以外でも個人で勝負できる土俵は広がった。少し前までは小説ですら出版社を通さないと流通しなかったが、Amazon自費出版すればとりあえず流通に乗せることができる。ガンダムの事業戦略を見習うのであれば、小説を書き始めるよりも、最初に展開する媒体を想定し商品開発を優先させるべきなのだろう。ただ、これはただの企画ごっこで終わってしまう可能性が高い。ガンダムクロスメディアへの展開は時代の流れだったとして、個人の土俵に集中した方がいいのかな。

思い違いをしていたことに気づく。

ノマドワーカーに憧れて喫茶店で仕事をすることを目指していたが、そもそも海外に移住しようとしたことが発端だったことを思い出した。もちろん海外の喫茶店で仕事ができれば、それはそれで結構なことだと思う。しかし、会社の職場であっても特に問題はない。

提唱された当初のノマドワーカーという考え方は、少し前まで盛り上がっていたノマドワーカーとは異なる。有能な人材は母国語とか国籍に関係なく国境を越えて仕事ができるので、豊饒の地をさすらう遊牧民に例えられたようだ。高給をもらえる職場を求めたら、それが海外だったというだけの話だ。ヒッピーのような生活様式とは関係がない。安い賃金を甘受してでも組織の束縛から自由な働き方は、ノマドと言うよりもボヘミアンか難民と言うところだろう。放牧民は不毛の地には移動しないのだから。

国境を越えなくても同じ会社内で他の部署に異動することや同じ業界の他社に転職することは、ノマドワーカーの延長にあると思う。要するに、より良い稼ぎを求めて自由に職場を選べる人がノマドワーカーになる。日本を含めて世界で自由に金を稼ぐために必要なものは、世界の市場で需要があり、かつ突出した技能だ。例えば、アメリカ人やイギリス人などの英語を母国語とする人が世界の英会話教室で働くことができるのは、英語の需要があるからだ。そして、サッカー選手はサッカーが上手いだけで世界のサッカー場で働くことができるが、半端なくサッカーが上手い必要がある。

高給を求めて海外で働きたいわけではない。喫茶店で仕事がしたいわけでもない。どのような働き方をしても、金がないと文化を享受できなくなるので貧乏だけは絶対に避けたい。世界中のどこでも雇ってもらえる能力を今から鍛えるとして、どのくらい時間がかかるのだろうか。例えば板前の修業を始めたとして、包丁一本で世界をさすらえる腕はどのくらいで身につくのだろうか。私の場合は、日本でそこそこお金を稼ぐことができ、かつどこでも仕事ができる仕事を探した方が手っ取り早い気がする。