ノマド探求

二次元移住準備記

英検の勉強を始める。

今回で三回目の挑戦となる,宿願の英検一級の取得に向けて勉強を始めた。これまではたいして試験対策をせずに受けていたので,到底合格ラインには到底届かない結果に終わってしまった。今回は受験までの約一ヶ月間は英検の試験対策のみに時間を割くつもりだ。基本情報技術者試験と違い,英語なので勉強意欲は充実している。昨日と今日は休日にもかかわらずスーパー銭湯に行く代わりに喫茶店で二時間勉強したし,調子は良さそうだ。今週から平日も仕事帰りに勉強するようにしたい。一ヶ月でできることは限られているので英単語と英作文に注力することに決めた。

英検一級ではあまり仕事で使うような単語が問われるない。しかし,そもそも英語を勉強し始めた動機が好きな小説とかエッセイを原書で読みたいというものなので,アカデミックな分野であっても特に意欲が落ちることはない。まぁ,意欲は落ちなくても脳みそが希望通りに働いてくれないので,覚えた単語を片っ端から忘れてしまうのだが。英作文は厳格なルールというのがあって,好き勝手に書くとどんなに高尚な文章であっても減点されてしまう。なので,このルールに則って文章を組み立てる方法論を身につけるのが課題になる。仕事でも英語で調査履歴をつける時はこのルールに則って書くようにする。覚えた英単語も仕事で使える単語は積極的に使っていきたいが,英語が母国語でない人が読んでストレスを感じるのは避けたいし,そもそも自分が次の日に読み返した時に忘れているような気がする。

日曜日の基本情報技術者試験について。

昨日,基本情報技術者試験を受けてきた。TOEICを今年一月末に受けた後は英語の勉強はお休みして,この試験に集中しようと思っていたのだが,結局過去問すら満足にこなすことなく試験を終えた。二月は仕事が忙しかったが,先月中旬ぐらいからほぼ定時で帰ることができていたので,一ヶ月間は勉強に集中できたはずだった。しかし,勉強に時間を割くことなく,惚けていたら試験日になってしまった。

午前は運が良ければ何とかという感じだし,午後の試験は半分以上の問題でその意味すら分からなかった。仕事で勉強していたはずのデータベースとネットワークも駄目だったのが,ちょっと悔しい。それでも一通りの流れと出題の傾向は掴んだので,機会があればもう一度挑戦したい。

六月に英検一級,そして七月にTOEICのテストを控え,八月にはTOEIC S&Wを受けるつもりだ。三ヶ月間は英語に集中した後,八月以降は何の勉強をするか決めていない。日程の関係からIT関係ではベンダー試験などになりそうだ。その場合はCopmTIAのネットワークかITILのファンデーションを受けるつもりだ。証券外務員の一種が証券会社で働いていなくても受験できるようになったので,これを受けようかとも思っている。英検一級に落ちた場合は,十月の試験に向けて勉強するということもあり得る。何にせよ勉強は無駄にならないので積極的に時間を作っていきたい。

色々と悶着があり,今年の六月末で仕事を辞めるはずだったが,九月末に伸びてしまった。十月,遅くとも十一月には日本を離れるつもりなので,それまでにできるだけ検定を受けて履歴書を飾れるようにしておきたい。

身だしなみについて。

40歳を超えると老化現象だけでなく,それまでの生き方が形となって外見に表れてくる。経験と知識が血肉となり,自信を蓄えた穏やかな笑みが魅力のロマンスグレーなナイスミドルなら大歓迎だ。しかし,私のように精神的に不摂生な生活を続けていると,顔は幼いのになぜかおっさんという得体の知れない外見になってしまう。20代から患っていたM字ハゲが35歳ぐらいから怒濤の勢いで拍車がかり,今では前頭部は露わ,頭頂部もトロロ昆布のような細い毛がのっかるだけの有様になってしまった。少し前に職場で身だしなみに清潔感がないと注意を受けたこともあり,薄毛と清潔感の関係について説明したい。

薄毛の髪型は二種類しかない。坊主頭かハゲかだ。そしてハゲには二種類しかない。綺麗なハゲか汚いハゲかだ。ハゲはいくら髪型を整えてもハゲでしかないし,かなりマメに整髪しないと汚いハゲになってしまうので,私としては断然坊主頭の方をお勧めする。坊主頭であればハゲではないし,清潔感も特典としてついてくるので一挙両得なのだ。良く整えられてはいても横から前から髪の毛をかき集めて薄毛を隠す,すだれハゲの髪型はえらく不自然で奇抜な髪型のため,返って薄毛を際立たせてしまう。もちろん綺麗なすだれハゲと汚いすだれハゲがあり,綺麗なすだれハゲであれば社会的には容認されるようだ。

ハゲが清潔感を得るために格段の配慮が必要な理由は,髪の毛の統一感,さらには指向性を得ることが髪の毛の量に比例して難しいからだと思う。この指向性は自然のままでは得ることはできない。ひげを剃るとか爪を切るとかと同じように,切りそろえた髪の毛をなでつけるなど人為的な統一感を持たせることで流れを生み出す。あえて自然を抑制することで,頭に社会性を与えるのだ。枯山水の砂紋を頭の上で描くように社会を毛髪で体現している。髪の毛が少ない場合は,この頭頂庭園の指向性は貧弱だし,指向性が損なわれるともにその人の社会性も希薄になってしまう。また,不自然で強引な髪型は,モヒカンやパンク頭のように社会への反駁と映るのかもしれない。時々,芸術的なすだれハゲにあうと感動するのは,社会への帰属意識と何か刹那的な悲壮感を感じるからだと思う。

では,お前はどうなのだと言われると,汚いハゲは嫌なので坊主頭にしている。しかし,元来不精者のため散髪に行くことなく,三ヶ月後にはただの汚いハゲとなり無精ひげと相まってほぼ変質者の様相に近くなる。一層のことツルツルであれば,まだ統一感だけでも確保できるのだが,産毛が汗で頭皮に張り付いたりして廃墟に近い殺伐とした状態になる。弁護士になった高校の同級生に性犯罪者に良くいる相貌と指摘されたように,確かに何かやらかしそうな感じが自分でもする。危ない雰囲気を醸し出していても,銀行強盗とかじゃなくて性犯罪者というのが悲しい。通勤電車の中で英語のニュースをイヤホンで聴きながらブツブツとシャドーイングしてると,結構な確率で周囲にヒンヤリした緊張感を与えているのかもしれない。