ノマド探求

海外移住準備記

ノマドでフリーター。

別にノマドワーカーでなくても良いことに気付く。東南アジアの求人を調べていると、コールセンターの求人をしょっちゅう見る。そこで働くために何か特別な職能が求められることはなく、日本語で電話応対ができれば良いみたいだ。多くが時給制で現地の物価を考えれば、日本だとアルバイトでもらえる賃金程度になる。だからコールセンターで働いても、多くの日本人が想像するセレブ気取りの豪奢な生活はできない。けれども日本でアルバイトをして生活する延長と考えれば、十分ありな働き方だと思う。私が海外に移住したい理由は日本を離れてみたいだけなので、ノマドフリーターでも特に問題はない。

海外に渡るフリーターが求めることは、より良い給料ではない。物質的な欲求を満たすためではなく、精神的な充足を求めているからだ。どんな生活をしていても、何も言わずに放っておいてくれる環境を探すのは日本では難しい。親元を離れたとしても、同じ日本人が放っておいてくれないのだ。海外に住んだことはないので断定はできないが、外人枠での扱いになることは確かだ。稼ぐお金の多寡ではなく稼ぎ方に価値を求め、熾烈な競争から脱落した自分を誤魔化すルサンチマンもあるだろう。海外で働く人のブログを読んでいると、時々強烈なルサンチマンを感じることがある。どちらにしろ悪いことだとは思わない。

他人を横目で追ってしまう私のような人間には、自分に似た同類しかいない場所が安寧を得るためには必要になる。まともな人達から懸絶した環境が、自意識過剰な人間には求められるのだ。昔アルバイトをしていたコピー屋がそういう環境だった。ノマドフリーターが海外に移住するのは、その環境がたまたま海外にあっただけの話だ。宗教施設のように現世から遠い環境であれば、なおのこと良いのかもしれない。浦島太郎だって竜宮城から離れなければ、いつまで夢うつつのまま生涯を終えることができた。一度宗教に嵌った人が抜けられない動機もそこにあるのかもしれない。今更夢から覚めてたまるか、夢から覚めたところでどうなるのだという想いと、同じ価値観と境遇の人達で身を寄せあって夢見る居心地の良さが宗教の中毒性だとしたら、そこに嵌る理由が私にも分かる。

ノマドフリーターであっても、より良い環境を求めて海外に渡る気概はノマドワーカーと同じだ。移住先に定住するかは、その時の環境による。もっと良い環境が他の国にあればそちらに移るし、得ようとしたものが海外で得られない場合は日本に戻れば良い。一つ違うことは、日本でも海外でもフリーターは特にその職能が必要とされないことだ。生活の比重が精神的な充足に偏っていても、食べるためのお金は必要になる。だからこそ日本に帰った時のために、日本での地均しと地固めは重要だ。