ノマド探求

海外移住準備記

ノマドでニート。

海外移住に対する興味を失いつつある。去年まで盛り上がっていた意欲は、なくなってしまった。そもそも海外への憧れや異文化の中で暮らす好奇心から移住を思い立ったわけではない。日本を離れるためには必然的に海外で暮らすことになるから、移住を思い立っただけだ。

海外に旅行をすることと海外で日常生活を送ることは、全く次元が違う話になる。移住先で働けば、忌避した社会性を持たざる得ない。できれば無職でいたい。しかし、日本にいる時ですら、無職であることは将来への不安を煽り、焦りで何も手がつかなくなってしまう。無職のまま海外で暮らせば、気が狂ってしまうかもしれない。これは有限でない無職生活を送った人でないと、分からないことだと思う。有限でない無職生活は、次の職場が決まっておらず、さらには求人の書類選考が通らない、面接の予定がないなど、何も収入の見込みがないまま無職でいることだ。逆に有限の無職生活は、次の職場が決まっていたり、資格や検定の勉強のために学校に通っていたり、何かしらの収入が約束されているか、その見込みがあるまま無職でいることだ。

良い方向に人生が進んでいく可能性が絵空事でしかない場合、悪い方向に進むことを前提に予定を立て始めてしまう。悪い方向が悪いことですらなく、それが予定調和であるように考え始めてしまうのだ。例えば好きな子に告白しても、振られるどころか嫌われる可能性さえあるならば、その子を全く意識しない方が気持ちが楽になるのと同じことだ。有限でない無職生活中は、この思考回路に陥りやすい。特に私のような職歴がスカスカで何の職能もない人間だと、一生まともな生活を送れないことが確定事項であるかのように思えてしまう。警備員や掃除夫などの採用されそうなアルバイトの求人を探すことで不安を拭い去るのは、その方が将来の自分を想像しやすいので、気持ちが楽になるのだ。漠然とした不安よりも、暗澹たる絶望の方が気持ちの整理がつけやすいからだと思う。

ノマドニートな状態を満喫するためには、単にしばらく遊んで暮らせるだけの貯金だけでなく、将来への希望を担保する必要もあるのだろう。その希望が何かは、人によって違う。私は、まだそれを見つけ出せていない。