ノマド探求

海外移住準備記

仕事で使う眼鏡。

近視なのでパソコンを使う時は眼鏡をかけている。お洒落な眼鏡には興味がなく、眼鏡を買う時は機能一点張りで選ぶ。物持ちが良いので眼鏡を破損させたことは一度もない。久しく眼鏡を買っておらず、一番新しい眼鏡は三年前ぐらいに白山眼鏡という有名な眼鏡屋で買った物だ。白山眼鏡の特徴である丸フレームのクラシックなデザインで、六万円を奮発して投入した。眼精疲労を軽減することにこだわり、度の強さを抑え、ブルーライトカットのレンズを入れてパソコン用に特化させた。日常生活では眼鏡をかけていないので、職場に置きっぱなしにしている。フレームは頑丈で破損する不安はないが、その分重くかけ心地は良くない。一日中かけていると鼻と首が疲れる。

今の職場は監視用の専用端末を使って仕事をするので、自席がない。専用端末と言っても、個々人に商用環境につながるPCを与えるほど会社が信用を置いていないだけで、単なるデスクトップPCを輪番者で共有しているに過ぎない。システム監視の仕事で自席を与えられる職場が稀な気もするが、他人の触ったマウスやキーボードが気になる人は精神的に辛いだろう。私も気にならなくはないが、それ以上にマウスとキーボードがPCの付属品なので、とても使いにくくて困る。特にちゃちなパンダグラフのキーボードが、タイピングしている時に良く引っ掛かりイライラさせられる。PFUか東プレのキーボードを持ち込みたいが、同僚との共用物として献上するには値が張り過ぎる。OSの設定も自分に合わせられれば仕事は捗るが、端末を輪番者で共有しているので自分の好き勝手にいじることはできない。職場でこだわることができる物は、眼鏡や文房具、それにサンダルなどの身の周りの物しかない。

私を含めて、多くの人は裸眼で日常生活を送ることは困難だ。昭和生まれの人なら眼鏡は顔の一部と謳ったCMを一度は観たことがあると思う。眼鏡をかけた状態こそ自然な状態であり、眼鏡はもはや矯正器具を越えた存在となっている。しかし、まだ意識せずとも道具としての存在感は眼鏡にはある。コンタクトレンズレーシック手術のような眼球に直接矯正を施す術が確立し普及すれば、眼鏡と違い、いずれは廃れるだろう。しかし、眼鏡が道具としての存在感を持つ限り、ペンやキーボードと同じく廃れることはないと思う。腕時計にせよ車にせよ、金のかかったこだわりの一品を使う満足感は、使い勝手を越えて、その人の自己証明の支えとなるからなのかもしれない。

最近、勤労意欲の減退が進み、居眠りするなど勤務態度に表れてきた。元々やる気の出るような仕事ではないが、給料を貰っている以上は真面目に働くのが私の義務だ。気分転換に眼鏡など身の周りのものを新調し、自分を奮起させようと思っている。