ノマド探求

二次元移住準備記

決断の時。

三十代後半まで、職歴はアルバイトしかなかった。お金を節約し、なるべく働かずに過ごすように暮らしていた。このままでは将来まずいことになると前から思ってはいたが、まともに働くことを考えた途端に物怖じしてしまい、ズルズルと四十手前になってしまった。新人のおっさんが職場で若い奴にいじられる過酷な現実への不安が頭の中でグルグルと渦巻き、ワールドトラベラーになる妄想をその上に重ねて現実忘却に浸る日々が続いていた。今更まともに働いてたまるかという、貧乏根性もあった。

結局、とあるIT企業が募集していた契約社員の求人に応募した。その時の心境は覚えていない。決断と言ってしまえば大仰になるが、面接で職歴に話が及んだ時のことを想像すると、そこそこの勇気が必要だった。軽い気持ちで求人情報サイトの応募ボタンを押したわけではない。当初はヘルプデスクの求人に応募したのだが、面接を受けに行くとシステム監視の求人であることを伝えられた。面接をしたのは元バンドマンの男性で、彼が配属される監視チームのリーダーだった。面接では職歴について突っ込むような質問はなく、勤怠が厳しい職場なので朝きちんと起きれますか、ぐらいの質問しかされなかった。採用基準が日本語がとりあえずできることだと知ったのは、後になってからだ。

採用の通知を受けてから働き始めるまでのことも記憶にない。しかし、何かが変わっていく予感があったことを、今でも薄らと覚えている。新しい環境への不安はあったが、それよりも何かにけじめを付けた達成感の方が大きかった。実際に働き始めると、私の不安を裏切るおっさんだらけの職場で、二年間を楽しく過ごすことができた。ただ、出勤初日はそんな楽しい職場だとは知らず、得体の知れない中年の溜まり場で不穏な空気を察知することに全神経を集中していた。よほど緊張した面持ちだったのか、元バンドマンのリーダーが帰り際に一緒に楽しくやっていきましょうと声をかけてくれた。この一言でどれだけ気持ちが楽になったか、恐らく当の本人は想像できなかったと思う。それからは私も、出勤初日で緊張している新人には帰り際に何か一言声をかけるようにしている。彼らにも彼らなりの決断はあったはずだ。