ノマド探求

二次元移住準備記

死に場所を見つけて生きる。

去年の四月から働き始めた新しい職場と業務にも慣れて、色々と新しいことを始めたり、何かを考えたりする余裕が出てきた。余裕ができたのは結構なのだが、色々と考えすぎて沈鬱な気分になる時がある。

自分の将来を真剣に考えると、現状の延長線には惨憺たる未来が待っている。今のままの職能と職務経験だと、派遣社員として働けるのはあと四、五年が限界だろう。かと言って、正社員として雇ってくれる会社は派遣法逃れに正社員として雇うだけであって、派遣先が見つからない社員を座らせる椅子までは用意してくれない。このまま派遣社員で働くにしろ、何ちゃって正社員になって働くにしろ、IT業界から離れた後はアルバイトで食い扶持を稼ぐしかなくなる。中年を越えた初老の人間にできることは、交通整理か清掃か、恐らくそんな類のアルバイトしかないだろう。

より良い待遇を勝ち取るために国境を越えるノマドでも、自由を満喫するために職場に囚われないノマドでもなく、飢えを凌ぐ難民のようにサバイバルするためにノマドにならざる得ない者もいる。もはやノマドとは呼べず、デジタルルンペン辺りがお似合いかもしれない。なるようにしかならないのはどんな人生でも同じだが、悪足掻きはしてみるつもりだ。しかし悪足掻きをするには、そこで生き抜く覚悟が必要になると思う。そして、生き抜いた先には死が待っているのだから、そこで生き抜く覚悟は、そこで死ぬ覚悟に繋る。

将来を考えた時のこのフワフワとした居心地の悪さは、ここで死ぬ覚悟が定まっていないせいだろう。それは、収まりの悪いキンタマのようにキョドキョドして生きる原因でもある。死に場所を見つけた時にこそ、諦念とは違う真の平穏が訪れる予感はある。子育てと家のローンに追われる同僚と飲みに行った時、彼らが酔いに任せて呟く吐露から、そのことがよく分かる。