ノマド探求

二次元移住準備記

今年を振り返る。

今年を振り返ってみる。去年の夏過ぎに派遣の仕事を辞め、今年は無職の状態で年を越した。四月から新しい職場で働き始め、仕事に慣れたと思ったら今年が終ろうとしていた。今年一番の進展は、やはりオンライン英会話を始めたことだ。長年の宿望というか懸案だった英会話の能力向上にやっと踏み出すことができた。一度お試しレッスンで挫折した経験があり、やらなくてはいけないことは分かっていたが、長いこと逡巡が続いていた。しかしいざ始めてみると、意外に楽しくレッスンを受けることができて、安心したし自信もついた。複数の会社がオンライン英会話のサービスを提供するようになり、会社間の顧客獲得競争が講師の質に波及したことも大きい。腐らずにコツコツと英語を勉強してきたことも、少しは役に立っていると思う。この勢いで来年も英会話を続けていく。

仕事は、監視二年、テクニカルサポート二年を経て、次は運用に進めると期待していたが、また監視に戻ってしまった。IT業界未経験の若者に囲まれて、士気は限り無くゼロに近い。早く辞めたいが一年以上は続けないと次の職探しに影響が出そうなので、長くてもあと半年、恐らく来年いっぱいと考えて我慢している。辞めるまでにもう一つITの検定を取ろうと思っている。LPIC2を夜勤の暇な時間に勉強しているが、あまり暇な時間がなくて集中できない。そろそろ家で勉強を始めないと、次の職探しに間に合わないだろう。

移住の準備は英会話の勉強以外は、全く進んでいない。副業として考えている創作活動は、小説の構想を練っている段階で止まったままだ。カクヨムという小説投稿サイトで小説を公開する予定だったが、アカウントを作ったまま、もはやログインすらしていない。世界のどこでも通用する職能があるわけではなく、不労所得か一生遊んで暮らせるだけの貯金が欲しい。派遣の仕事ではそんな大金を貯めるのは難しく、投資して増やすにしても、しくじれば貯金は目減りするし、今のところ思い付く手段はLOTOクジぐらいしかない。

友人関係では、今の職場の同僚とは仕事以外でも飲みに行く機会があり、良好な関係を築くことができた。IT業界に入ってから、職場を去った後も定期的に会う友人ができたことは幸いだ。今年になって会わなくなった友人もいるが、一期一会と考えている。相変わらず彼女はいない。できる気配はないし、若い女性を見ても性欲よりも父性が疼いてしまうのが、ここ最近の悩みだ。日勤と夜勤が交互に続く変則的な働き方のため、カレンダー通りに働いている友人と会う機会は少なくなった。しかし、その時間を英会話などに充てたので休日を遊んで潰した記憶が今年はない。勉強するよりも遊んでいた方が楽しく、勉強する時間を確保するのに難儀していた私にとって、この勤務体系は思わぬ副次効果となった。

創作活動が進まなかった以外は、新しい勉強も仕事も始めることができたし、そこそこ満足できる一年だった。来年は副業を探す代わりにドカンと大金をせしめる手段を探そうと思っている。

 

ノマドでフリーター。

別にノマドワーカーでなくても良いことに気付く。東南アジアの求人を調べていると、コールセンターの求人をしょっちゅう見る。そこで働くために何か特別な職能が求められることはなく、日本語で電話応対ができれば良いみたいだ。多くが時給制で現地の物価を考えれば、日本だとアルバイトでもらえる賃金程度になる。だからコールセンターで働いても、多くの日本人が想像するセレブ気取りの豪奢な生活はできない。けれども日本でアルバイトをして生活する延長と考えれば、十分ありな働き方だと思う。私が海外に移住したい理由は日本を離れてみたいだけなので、ノマドフリーターでも特に問題はない。

海外に渡るフリーターが求めることは、より良い給料ではない。物質的な欲求を満たすためではなく、精神的な充足を求めているからだ。どんな生活をしていても、何も言わずに放っておいてくれる環境を探すのは日本では難しい。親元を離れたとしても、同じ日本人が放っておいてくれないのだ。海外に住んだことはないので断定はできないが、外人枠での扱いになることは確かだ。稼ぐお金の多寡ではなく稼ぎ方に価値を求め、熾烈な競争から脱落した自分を誤魔化すルサンチマンもあるだろう。海外で働く人のブログを読んでいると、時々強烈なルサンチマンを感じることがある。どちらにしろ悪いことだとは思わない。

他人を横目で追ってしまう私のような人間には、自分に似た同類しかいない場所が安寧を得るためには必要になる。まともな人達から懸絶した環境が、自意識過剰な人間には求められるのだ。昔アルバイトをしていたコピー屋がそういう環境だった。ノマドフリーターが海外に移住するのは、その環境がたまたま海外にあっただけの話だ。宗教施設のように現世から遠い環境であれば、なおのこと良いのかもしれない。浦島太郎だって竜宮城から離れなければ、いつまで夢うつつのまま生涯を終えることができた。一度宗教に嵌った人が抜けられない動機もそこにあるのかもしれない。今更夢から覚めてたまるか、夢から覚めたところでどうなるのだという想いと、同じ価値観と境遇の人達で身を寄せあって夢見る居心地の良さが宗教の中毒性だとしたら、そこに嵌る理由が私にも分かる。

ノマドフリーターであっても、より良い環境を求めて海外に渡る気概はノマドワーカーと同じだ。移住先に定住するかは、その時の環境による。もっと良い環境が他の国にあればそちらに移るし、得ようとしたものが海外で得られない場合は日本に戻れば良い。一つ違うことは、日本でも海外でもフリーターは特にその職能が必要とされないことだ。生活の比重が精神的な充足に偏っていても、食べるためのお金は必要になる。だからこそ日本に帰った時のために、日本での地均しと地固めは重要だ。

戦略的閑却。

歳を取って髪と一緒に気も抜けてしまった。失くした髪は愛おしいが、気が抜けたおかげで生きることがだいぶ楽になった。独り身なので養う家族はいない。おまけにフリーターなので果たすべき責務もない。食い扶持を稼げる仕事とたまに飲みに行くお金と暇さえがあれば、問題はない。世の中を斜め下から眺めて気付いたことは、若い時に感じた生き難さは、自分に縛りをかけていた結果なのだ。決して現状に満足するな、と常に突き上げていた若い自分がいる。可能性の縮退が、そのまま安寧に結びつくとは、最近まで考えたことはなかった。人生は諦めが肝心なのかもしれない。それでもまだ、上を見上げては自分を卑下し、下を見下ろしては自分を慰める自分いる。気軽に誘って遊びに行ける友人は、私と同じように家族も定職も持っていない気儘な中年男ばかりだ。

他人と比べることなく今の自分を肯定しろと言われても、それは無理な話なのだ。義務教育の期間がバブル期と重なる私の世代は、教育の土台に収入の多寡で幸せを競うルールが敷いてある。このルールはDNAレベルで刷り込まれたのかと感じるほど、様々な状況で私の判断基準となっている。これはこの世代の大企業の社員でも、私のようなフリーターでも変わらない。どんな犬でもボールを投げられれば追ってしまうように、この世代の人間がお金を追って生きるのは悲しいサガなのだ。さらに悲しいことには、自分でルールを作って生きていけるほど強くはないし、現実も甘くはない。今のルールが嫌なら、誰かが作った違うルールの下で生きるしかない。競争が悪いというルールや違う価値観で勝ち負けを競うルールもあるが、どんなルールに従うにせよ、日本で生きる限りはお金を稼ぐことが幸せに繋がっているように思える。愛や幸せはお金で買えないと言うけど、それならお金がたくさんあることに越したことはない。だから競争に疲れた人には、敢えてお金から注意を逸らす仕組みが必要になる。人生はお金じゃないと高唱するネットワークビジネスにせよ新興宗教にせよ、それらがなくならないのは、やはり人生はお金だと多くの人が考えるからだ。人生がお金で決まらないのであれば、敢えてお金を話題にする必要はない。

手っ取り早く楽に生きる方法は、日本を離れてニートになることだ。ニート状態に陥るのではなく、敢えてニートになる。日本いる限りは、この熾烈な競争から降りることは難しい。だから海外へと逃避する。とは言え、海外で現地の経済活動に参加すれば、同じように資本主義のルールの下、生きることになるだろう。資本主義が嫌なら独裁国家や宗教国家に移住するしかないが、さらに苛酷な競争が待っている。独裁者や神様よりお金の方が人には優しく平等だ。根を下ろさず、人生が終わった馬鹿な外人のままがいい。働きもせず学びもせず、ひたすら暇を弄ぶニートを海外でする。外こもりと呼ばれる、この戦略はネットワークビジネス新興宗教を依りどころにするよりも、かなり安全で確実な世渡りの方法だと思う。