ノマド探求

海外移住準備記

日本を離れる必要はあるのか。

なぜ海外に移住するのかではなく,なぜ日本を離れるのかという観点で考えてみた。日本を離れたいから海外に移住するのと,海外に移住したいから日本を離れるのとでは,結果としては同じことになるだろう。しかし,その結果に至るまでの経緯は,前者と後者では違うはずだ。海外に移住することに比重を置いた時は何かの追求に目的が,日本を離れることに比重を置いた場合は何かからの逃避に目的があるように思える。

今は派遣で働きながら,都会の寂れた繁華街の近くで不自由なく生活を送っている。それなりのストレスはあるけど,酒で憂さを晴らすほど追い込まれてはいない。現状に満足はしていないが,我慢できない不満があるわけではない。しかし,焦燥感が常に胸臆の底にガスのように澱んでいるのだ。平日は仕事をして一日が終わり,週末は友人と飲んでいなければ,大きな本屋に行って帰りに一杯飲んで,そして一週間が終わる。これを一ヶ月に四回繰り返して,その一ヶ月を十二回繰り返すと一年が終わる。もしかしたら,もっと別の場所であれば今よりも満ち足りた生活ができるのではないかという,淡い憧憬と区別ができない茫漠とした焦燥感に突き動かされて,海外に移住したいと思った。日本を離れる必要があるわけではない。よく人生に行き詰まった人が,人生をリセットするために海外に放浪の旅に出るという話があるが,そんな旅に出るような思い詰めるほどの挫折感とか神を呪うような喪失感には,今のところ直面していない。つまり,現実逃避するほどの陰惨な現実には生きてはいない。日本にいる必要はないが,離れる必要もないというところだ。

恐らく問題はこうだ。同じ事を繰り返すと次第に飽きてくるが,そのうちに心は麻痺して,漫然と時間を消費することに何も疑問を感じなくなってくる。例えば,最初は刺激的だった仕事が,慣れてきたら終業時間までの暇潰しになる時がある。今の生活全体が同じようなもので,仕事をして瞬く間に平日が終わり,暇潰しをしているうちに週末が終わる。ただ単に寿命を消化しているに等しい。この生活自体に不安があるわけではない。また,何か自分が帯びるべき使命があり,それを怠っているという意味でもない。そうではなくて,この倦怠感をそのまま受け入れていいのかという戸惑いが,何かの拍子にチラチラと意識の片隅に姿を現すのだ。これは海外に移住したからといって解決する問題ではないだろう。移住してそこの生活に慣れたら,またこの単調な生活に心が侵食されていく。戸惑いの正体はこの単調な生活への抵抗であって,逃避というよりも対抗手段として日本を離れようとしているのだろう。