ノマド探求

二次元移住準備記

移住前の準備。

旅行にしろ引っ越しにしろ、準備は楽しい。試験勉強でさえ、始めると案外楽しめる。準備をしている間は、夢だけを見ていられるからだろう。何かのために行動している充実感もある。

話は逸れるが、時間を有効に使うと満足を得られる精神構造は、資本主義にどっぷりと浸かっている証左だ。四半世紀をフリーターとして生きる私でさえ、仕事中に暇な時間を持て余すと何やら自責に駆られてしまう。暇な時間がもったいないのだ。冷蔵庫の中の黒ずんだバナナを見ているようで、悔しいやら惜しいやらで釈然としない。昔、コピー屋でアルバイトをしていた頃は、ミスプリントの山をシュレッダーにかけながら、ピンクな妄想に耽る時間が至福だった。ピンクな妄想は関係ないが、サボることを悪徳と捉え、過労死寸前まで仕事に狂奔する日本人の気質が、意図せずとも日本人を経済的戦闘民族にしたのだ。長時間労働を苦にせず、むしろ残業時間を競い合い、互いに誇る姿は、何処の遠い国の人から見れば、カルト教団の狂信者に見えるだろう。そして、それが今の日本の経済と福祉を支えている。

日本にいるうちに、できるだけ移住先の生活基盤を整えたい。英語と現地語の学習、それから日本の海外移住希望者コミュニティーへの参加が、その準備となる。教養ではなく、どこでも通じる意思疎通の道具として、英語をしっかりと習得しておきたい。どこの国でも英語話者は一定数いるし、帰国後の仕事探しでも役に立つ。この二年間、英語学習はオンライン英会話を中心に勉強を続けてきた。来年には、TOEFLかIELTSの試験を受けて、英語の総合能力を洗練させようと考えている。試験勉強は体系的に何かを学ぶために、良い方法だ。勉強し難くて気が進まない分野は、誰にでもある。試験範囲にそれらを含んでいれば、勉強せざるを得ない。ベンチマークだけでなく、学習範囲を広げるにも試験は有用だ。移住先に溶け込むためには、現地語の学習も必須だ。英語話者が多い国でも、日常生活は現地語が中心になる。今のところ、ベトナムが移住先の有力候補だ。ベトナム語を勉強しようと今年の初めぐらいに本を買ったが、勉強は進んでいない。最近、duolingoという学習サイトを見つけ、基本無料なので、まずここでベトナム語の学習を始めようと思う。海外移住者コミュニティの参加は、まだこれからだ。人間関係の構築は定石がなく難しい。試験勉強と違い実践を通して太くしていくしかない。ただ有用な情報を得られなかったとしても、同じ価値観を持つ人間と知り合えれば、行動した甲斐は十分にある。

移住に失敗した時の保険。

来年の夏過ぎに派遣社員で働いている今の職場を辞め、三ヶ月間ぐらい海外にプチ移住しようと思っている。期限を設けた理由は、移住する覚悟が定まっていないからだ。日本の生活基盤を崩してまで挑戦するほど、まだ精神的に逼迫はしていない。三ヶ月間滞在して気持ちが揺れたら、その延長で長期移住に挑戦しようと考えている。冒険をするつもりはないが、海外移住に失敗した時の保険は用意したい。実務経験とコネを拡充し、検定を取得しておけば、日本で仕事を探しやすくなる。いずれも今の職場で仕事を頑張れば、十分に熟せる。

実務経験は受け身で仕事をしても、思うようには広がらない。漫然と言われた仕事をやるだけでなく、率先して仕事を引き受け、時には提案をしてやりたい仕事を作り出す。初めに職務経歴書に何を書きたいか考え、そこから演繹して足りない実務経験を埋めるように仕事をしたい。もちろん、その全てが叶うわけではない。現実的な範囲でコツコツと埋めるのがコツだろう。今のところ、プログラミングの実務経験はどこでも重宝されるので、これを職務経歴書に書きたい。そこでルーティンワークの自動化を提案をし、是も非も関係なく強引に自動化ツールを作り始めた。駄目とは言われなかったので、暗黙の了解を得たと思っている。とは言っても、就業時間中にコードを書くのは気が引け、週末にこっそりと作業を進めている。

検定は自分の市場価値を効果的に高められる検定が良い。市場価値を高められなければ、それは自己満足の趣味に過ぎない。本当は英検一級に挑戦したかったが、十月に応用情報技術者試験を受けようと思っている。英検一級水準の英語は仕事であまり必要とされず、教養の範疇に入ってしまう。情報処理試験は会社によっては昇進の条件になっているし、受験料が五千円強とお財布に優しい。私の職場ではLPIC2の取得を勧められたが、もう資格商法の餌食になるのは懲り懲りだ。会社が受験料を負担してくれるならまだしも、私のように登録型派遣で働いていると受験料三万円は自分の持ち出しになる。

コネの拡充は曖昧模糊としていて、努力目標が定めにくい。色々とやり方はあるだろう。意思決定者と飲みに行って懇意になる手もあるし、追従して取り入る手もある。ただ一番効果的で応用範囲が広い方法は、相談すればすぐに現場を斡旋してくれるぐらいに、派遣先から評価を得ることだ。職場を去る時、何かあったらいつでも相談に乗るよ、という一言が一番の保険になる。いくら実務経験が広く、難しい検定を持っていても意思決定者がイエスと言わなければ意味がないのだ。

 

常に最悪の事態を想定して行動する楽観主義者。

自由とは、その責任を自身で負うことを意味する。言い換えれば、好きなように生きるには、それ相応の代償が伴うのだ。責任を負わない自由など、もはや自由とは言えない。自由を欲する人は、それを承知の上で生きている。ただ冒険と無謀が違うように、リスクヘッジを考えて行動しないと、それだけ致命傷を負う可能性は高くなる。逆に致命傷さえ負わなければ、負け犬になっても案外楽しく生きていける。敗者復活戦が訪れれる機会は滅多にないけど、勝ち負けの埒外に逃げてしまえばいい。

別に日本を捨てる覚悟もないし、その必要もないので、海外移住に挑戦し失敗した時は、すぐに帰国して生活基盤を立て直すつもりだ。その担保さえあれば、悲壮な決意などせずに気楽に海外移住に挑戦できる。移住先でも余裕が生まれ、状況を見誤る危険も少なくなる。当面の間は食い凌げるだけの貯蓄は、言うまでもない。それでもお金は有限だ。帰国したら可能な限り早く仕事に就いて、食い扶持を確保したい。私の場合、フリーターのまま初老となった背景もあり、派遣社員かアルバイト以外の選択肢はない。良い時給で働き始めるには、何が必要だろうか。実務経験とコネの拡充、検定の取得、この三つを移住前の準備と考えている。自身の市場価値を上げ、移住に失敗した時の保険にするのだ。どれも派遣先派遣元の意思決定者が採用の可否を判断する際に、重要な要素となる。超重要な要素に年齢もあるが、こればかりは何ともならない。たっぷり後悔をして、来世の就職活動には活かそう。

常に最悪の事態を想定して行動する楽観主義者。これは私が面接時に自身の人物像について聞かれた際に、四半世紀に渡り答えてきた決まり文句だ。自分の理想像として、そう成るべく実践もしている。家族も恋人もいないし、友達は私と同じ社会不適応者ばかり、近い将来、人生を一転するような大金を稼ぐ可能性も、転がり込む希望もない。独り身の寂しい生活だが、致命傷を負わなかったお陰で、週末は旨い酒を飲むぐらいの余裕はある。海外移住に失敗した後も、甘い夢は見たいものだ。